常陸太田市高貫町春日神社 アクセスカウンター
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∵ 春日神社は、春日大明神 (かすがだいみょうじん) 八幡大神宮(はちまんだいじんぐう)の2座が祀られています。
 神紋 春日大明神 下がり藤紋 藤原氏祖先紋 
    八幡大神宮 菊水の紋祭神が応神天皇(譽田別命)であるので、菊の紋を使用
          明治四年全ての神社で使用を禁止され、明治十二年政令で菊の
          紋を使用しても良いことになり当神社でもアレンジした菊に水
          の流れをあしらった菊水の紋にしたのではないか

∵ 帷神(いじん)大道(だいどう)(したが)(あまね)同胞(どうほう)をして、神恩(しんおん)奉謝(ほうしゃ)神徳(しんとく)奉体(ほうたい)せしめ、
   人類の福祉に寄与する事を目的とする。
  ※ 上の文を略すると 神の御心のまますべてのみちにしたがいすべての同
    郷の者が神の恵みにお礼を申し上げ神の徳を受け承りそれを実行し人の
    福祉に協力する事を目的とする。

∵ 御祭神
  春日大明神に 武甕槌命(たけみかずちのみこと)経津主命 (ふつぬしのみこと)天児屋根命(あめのこやねのみこと)姫(比売)大神(ひめおおかみ)
  八幡大神宮に 譽田別命(ほんだわけのみこと)奉祭(ほうさい)し春日神社と称号する。

∵ 境内末社に 諏訪神社(すわじんじゃ)愛宕神社(あたごじんじゃ)稲荷神社(いなりじんじゃ)若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)近津神社(ちかつじんじゃ)
        日吉神社(ひよしじんじゃ)鷺森神社(さぎのもりじんじゃ)素鵞神社(そがじんじゃ)厳島神社(いつくしまじんじゃ)重殿神社(じゅうどのじんじゃ)
        の十社が祀られております。

∵ 祭祀
 ◎大祭 例祭=5月7日 五穀成就祭=3月15日 新穀感謝祭=11月15日
 ○中祭  元旦祭=1月1日 神宮祭=10月17日 紀元節祭=2月11日
      節分祭=2月3日 田植祭=6月15日
※ 例祭は春季祭礼で新暦4月7日に 神宮祭は秋季祭礼です 新穀感謝祭は卯の日
  祭りです 五穀成就祭、紀元節祭、節分祭は行われておりません。

∵ 創建 元中四年(1387年)武甕槌命(たけみかずちのみこと)姫(比売)大神 (ひめおおかみ)を祭り春日明神と崇敬
    八幡宮は資料なく創立年号不詳、各々独立神社である
  水戸藩主徳川光圀公が領内の寺社改革を寛文3年(1663)から行い寛文5年(1665)
  713寺破却 元禄6年(1693)神仏習合神である八幡社を整理15社を破却43社が
  祭神変更となった故に神社名も変更となったそのため当八幡宮も明世神社に
  移された時に資料等も捨て去られたのではないかと思われる。
312年後
∵ 元禄十二年(1699年)十一月水戸徳川藩主光圀公に春日神社を亀作村の明世(あけせ)神社
  に移され、八幡宮をその末社とされた。
9年後
∵ 宝永五年(1708年)一村一祠を配祀するにあたって、高貫村の強い要請で中崎山
  (野殿)の神域に二座を遷座
6年後の
∵ 正徳四年(1714年)両社造営(春日大明神・八幡大神宮)
26年後
∵ 天保庚子十一年(1840年)9月19日、中崎山にあったものを、現在の宮内
  1301番地に奉造営(春日大明神・八幡大神宮)遷宮(せんぐう)したと棟札に
  書かれています。
遷宮式に 長官 黒澤大和守 藤原 高秩
      舎人         高英
      久松
       多賀谷攝津守 藤原 高峯
      社掌      萩谷 鐵参
      仝       田邊 信敬
      仝       根本 忠次
      仝       渡邊 米彦
  以下氏名については、指し障りがあるため控えます。
     氏子総代     五名
     寄付世話人
     その他関係者
   ※ 舎人(とねり)とは、皇族や貴族に仕え警備や雑用に従事する者
   ※ 久松(ひさまつ)とは、芸人といはれていて、笙等雅楽 (しょうなどががく)(かな)でる者
   ※ 遷宮(せんぐう)とは、神社の本殿を造営、修理、再建する場合や本殿を新たに、
     建造神体を遷すことである。
   ※ 遷座(せんざ)とは、神社の祭神の御霊代(みたましろ) を常の座所の本殿より仮殿へ神体を
     遷すことである。
   ※ 社掌(しゃしょう)とは、神社祠職(じんじゃししょく)、 (神職の呼び方)で、神階が定められていて、
     その中の一つです。神主(かんぬし)宮司(ぐうじ)(しゅく)禰宜(ねぎ)権禰宜(ごんねぎ)主典(しゅてん)宮掌(くじょう)社掌(しゃしょう)
 ◎ 神  宮では、大宮司、小宮司、禰宜、権禰宜、宮掌
 ○ 一般神社では、宮司、権宮司、禰宜、権禰宜、社掌

∵ 明治四十一年(1908)12月9日(遷宮して68年後)正遷宮(しょうせんぐう)したと(個人の資料
  を参照)ありますが、遷座をいつ行ったのか資料がありません
∵ 平成二年(1990)八月に本殿改修の為假殿を建造御遷座を行った 午後
   八時暗闇の中で斉行したと典儀を行った方に聞きました。
   以下氏名については、指し障りがあるため控えます。
  前衛警護三名(若衆世話人)……大麻一名(神主)……御真榊二名(若衆
  世話人)……御鉾四名(長老で各班選出者)……御楯三名(長老で各班選出者)……
 ※伶人一名(雅楽奏者)(神主)……假殿一名(神主)……絹傘一名(神主)……
  御祭神一名(斉藤 誠宮司)……御幣二名(長老で各班選出者)……
  御太刀一名(長老で各班選出者)……御弓矢四名(長老及び各班選出者)……
  御棟札五名(各班選出者)……供奉員四名(長老で各班選出者)……
  後衛警護四名(若衆世話人)
 ※伶人=笙等雅楽を奏でる者
∵ 平成23年(2011)3月11日午後2時46分東日本大震災(常陸太田市震度6弱)
  により、本殿(春日大明神)の土台部分 拝殿の一部 天水桶や石灯篭
  が破壊された。
∵ 平成23年3月本殿 拝殿は修復
∵ 平成24年石灯篭 拝殿前に狛犬を氏子の浄財にて奉納
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春日神社の社名標です。 明治維新(めいじいしん)後の社格制度で村社になり第二次世界大戦後、GHQの 神道指令(しんとうしれい)により社格制度廃止、昭和27年に宗教法人となる。
  春日神社の大鳥居です。⇔
平成二年十二月吉日に木の鳥居を石の鳥居に代えました。
 鳥居を(くぐ)るときは一礼して
 両端を歩きましょう
 中央は正中(しょうちゅう)と言って
 神様の通る所です
  鳥居の種類は大別すると
神明系=笠木や島木に反りがないのが特長です。

明神系=春日神社はこちらの明神系で明神鳥居です足元に台輪があり、笠木の端の部分に反り増し と言う緩やかなカーブがあります。
←     拝 殿     →
平成23年東日本大震災前の拝殿
参拝の作法
氏子は、皇大神宮と春日神社の御札を神棚にお祭りして朝夕参拝致しましょう。
二礼 二拍手 一礼
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         狛犬(阿形(あぎょう))→
       口を開けている

阿(あ)と吽(ん)は始めと終わり、物事の始めと終わりであり、 あらゆる万物を表す、神様を守る

←狛犬(吽形(んぎょう))口を閉じている
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東日本大震災後↓ 参拝の作法 ↓東日本大震災後
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  本殿左⇔

 八幡大神宮
⇔本殿右

春日大明神
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←     本 殿    
左側が八幡大神宮
御祭神 譽田別命
神紋 菊水の紋
           →
    右側が春日大明神
      御祭神
   武甕槌命 経津主命
   天児屋根命 姫大神
    神紋 下がり藤紋
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←神楽殿です。
装飾神輿(かざりみこし) 雨乞い用神輿
旗等が収納されています。

        →右の写真
      子供用の神輿も
    収納されております
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↓中崎山 元宮跡この地
より500m南
↓玉垣と燈籠(大地震後奉納) ↓御神木と手洗鉢
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(あん)(机)→ ←奉納幕この中より幣殿(へいでん)となり 宮司が祝詞(のりと)をあげる場所である
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←額
    太鼓→
  八角畳紋縁付
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境内社(末社)
末社1 愛宕神社末社2末社3
末社4 5
末社6末社7
末社8
末社9
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これから先記録として撮影した写真です。
階段下から撮影拝殿・本殿拝殿・本殿 建物の構図がわかる
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下がり藤紋(本殿彫刻)下がり藤紋菊水紋(本殿彫刻)菊水紋
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燈籠平成24年奉納植樹記念碑平成5年鎮守林平成27年間伐後

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