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真弓(まゆみ)神社は常陸太田市真弓町2766にあります。阿武隈山系の南端風神山近くの通称真弓山 の頂上付近にあります。日立市の大久保町からと、おおみか町風神山(かぜのかみやま) からのハイキングコースから、常陸太田市からは参道までは数通りのコースがあります国道349号線金井町から県道 61号(日立笠間線)国道293(バイパス)県道61号県道156号と走り約4.5㎞左手に真弓神社と碑がある所を左折 地図1参照 約900メートル行くとまた県道61号のT字路 にあたるそれを右折約1.3㎞で地図2参照 西参道入り口に着きます5~6台の駐車スペースがあり、鳥居をくぐりひたすら山を 登ります、表参道から登るには寒水石(大理石)採掘作業場を通過しますので、休日の方が良いです。
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真弓神社は境内にある神威赫赫(しんいかくかく)(神の威光の勢いが盛ん)西参道 入り口の神徳無窮(しんとくむきゅう)(神の徳はいつまでも)という碑の神社略誌 に
鎮座地  陣ケ峰頂上
御祭神   大己貴命(おおなむちのみこと)  少彦名命(すくなひこなのみこと)が祭ってあります。
沿革   創建 大同2年(806) 坂上田村麿(さかのうえのたむらまろ)(758~811)(武将 桓武 (かんむ)天皇 平城(へいぜい)天皇 嵯峨 (さが)天皇の三天皇に仕え征夷大将軍となり、蝦夷地を平定 薬子 (くすこ)の乱にも功を立て正三位大納言となる)
大伴乙麿(おおとものおとまろ)(731~809)(公卿・武将 初の蝦夷大将軍となる) が平城天皇の大同2年北征の砌奉祀、其の後八幡太郎義家公が厄除け戦勝祈願
常陸の国守護佐竹氏が社殿を造営された
徳川幕府歴代将軍より御朱印地寄進を受け、水戸光圀(義公)は34ケ村の大鎮守を定め真弓山王大権現の尊称を 奉られた、古来より漁業関係者を始め多くの人々より、広く厚く信仰されている霊山のお社、昭和19年4月東久邇宮 盛厚主殿下が御参拝になられた。

現在の御社殿は昭和29年10月改修
平成23年3月11日の東日本大震災(常陸太田市震度6弱)で大被害を蒙った
境内地14.8ヘクタール(148,000㎡)
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真弓神社拝殿

御祭神
大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
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本殿
真弓山(神社名由来)源義家(後に元服八幡太郎義家となり)が奥州(現在の東北地方) 征伐の折り戦勝祈願のため弓8張(それぞれ8つの祭神)を奉納し八所権現(権現とは日本 の神の神号、仏が仮に神の形を取って現れたという意味)と呼ぶようになったことから真弓 山、後に真弓神社と名前がつけられた
月丸印に五本骨扇の佐竹紋 月丸印に五本骨扇の佐竹紋が屋根についている
御神木  愛称名 爺杉(じいすぎ)
茨城県指定天然記念物  推定樹齢約900年 根回り12.8m  目通り9.6m 樹高約45m(途中から2本に分かれている) 枝張り15m
途中から撮影したものです、後日新しいものをアップロードします。
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西参道入り口案内標識 西参道登り口鳥居 不動明王正面より 不動明王上方から
西参道入り口の祠に不動明王が祀ってあります。 今風に言へばイケメンの顔だちです。
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